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久ーーーーーし振りに、出産関連の記事を書こうかと思います。


このブログを立ち上げた目的の一つは、
自分の経験したことを、少しでも他の人の役に立てさせて貰うこと。




毎日、

「アメリカで出産」
「帝王切開」
「前置胎盤」


などのキーワードで、ひたすら情報を集めて居た妊婦時代。


私一人の経験など、宇宙の塵くらい小さなものだけど、
どこかで読んでくれる人がいるかもしれない、ということで
つらつらと書き綴っていこうと思います。




と、前置きが長くなったけれど、今回のお題は

「帝王切開で役に立ったもの」


私なりに、「入院バッグ」を用意していたけれど、
重宝したものもあれば、あんまり役に立たなかったものもありました。


役立たずだったものの方が多かったかも…汗



これから帝王切開を迎える方が、少しでも荷物を軽く出来るよう、
また、少しでもお金を無駄に使わなくていいよう、
私なりに入院グッズリストを作ってみることにしました。


まずは、

●お役立ちグッズ●


・ストロー

術後の痛みであんまり動けないときは、
水分補給する際も、あんまり動かなくて良いようにストローを使うと楽ちん~♪です
ペットボトル用ストローは特にお勧め。
コップ+ストローと違い、飲み物がこぼれる危険性がなくて安心。


・スキンケアグッズ

手元に、スキンケア類とウェットティッシュがあると
ベッドに寝たきりでもリフレッシュできます。
周りに助けてくれる人がいるのなら、
暖かい濡れタオルを用意してもらうのもお勧め。

私は、腹の痛みを感じつつも、スキンケアしてると
「女でよかった~」って思いました。


・好きな食べ物

最近の日本の産院って、美味しいご飯を用意してくれてる所もあるらしいんですが、
アメリカの産院はあんまり期待しない方がいいかも…。

私がお世話になった産院も、「出産おめでとうディナー」として
ロブスターを用意してくれてたんですが、
ぜんぜん美味しくなかったです。

あ、アメリカだと、帝王切開した当日は液体のみ(スープやジュース)、
翌日の朝は液体+アイスクリーム系もOK、
その日の夜からは、普通にご飯を食べてOKでした。確か。



入院中に美味しかったものは、
日本からヘルプに来ていた母が用意してくれたおにぎり
炊き込みご飯でうまかったーー!感謝!

あと、レトルトのお粥。

日本の味が、体に染み入りました・・・。

弱っている時には、自分の胃から元気にしなきゃ!


【番外編、お役立ちグッズ】

物じゃないんですが、

母親(実母)と旦那くん

二人には入院中、入院後とお世話になりました~。

術後の麻酔が切れてきて、異様にコソバユイ両足を、
二人は一生懸命マッサージしてくれ。

退院後、乳腺が通ってないのに母乳が大量に作られて
の様になった私の胸をマッサージしてくれ。笑

物よりも何よりも、周りの人達のサポートのありがたみを感じました。




今回は、これにて。

最後まで読んでくれてありがとう!


☆いつも応援ありがとう☆




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2009.01.27 Tue l アメリカで出産 l COM(6) TB(0) l top ▲
伸びに伸びている「アメリカで出産」シリーズです。


娘どんちゃんの1歳の誕生日も、気付けば十日足らず。

「このまま書き記さないで、産後1年を越えちゃいかんでしょ!!」
と思い、自分にハッパをかけているところです。汗



今までのお話は、

第1回「初めての妊娠は、前置胎盤」こちら
第2回「前置胎盤、イコール絶対安静?」こちら
第3回「前置胎盤、3タイプ」こちら       
第4回「明後日は帝王切開」こちら
第5回「帝王切開直前レポート」こちら
第6回「一人ぼっちの脊椎麻酔」こちら

へどうぞ。


:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


手術室には、主治医の先生。

その周りには、ヘルパーの医師や看護婦たち。

私の右側には、麻酔の先生。

左側には、ビデオカメラと旦那君。

その他、手術台を取り囲む、仰々しい機械たち。


そして、寒さと緊張でブルブルと震える私。



登場人物は、揃いに揃ったというところ。



「じゃあ始めましょうかね~♪」


と、相変わらず陽気な主治医の先生の合図で、
露になった私のお腹に、すす~いとメスを入れていっている模様。


私は下半身の感覚はもちろんないので、
何をされているかは全く分からない状態。

幸運にも、旦那くんが撮ったビデオにも手術の様子はあんまり映っていませんでした。
ほら、血とか針とかダメだからね…自分のものなんて、とても見れませーん!



私は、凍るような手を旦那くんに握ってもらい、
ただ、様子を見守るのみ。



そのうち、ヘルパーのお医者さんが、
子宮の上部をグイグイと押してきました。

どうも、彼女の全体重をかけて押しているようで、これが結構苦しい。

術前に、「私がグイグイ押すから、苦しいだろうけど我慢してねー!」
とは言われてたけど、こんなに圧迫感を感じたのは後にも先にもないかも。


「あーーーー、もうだめだーーー、くーるーしーいー・・・」

と、脳内で叫んでいたその時…。


「うっぎゃーーーー!!!!!」


と、ものすごい声でなにかが出てきた!



何かって、自分の娘なんだけど。

この子、他の子に比べても、あまりに声がデカかったらしく、
主治医の先生に、

「あーーー、もう分かったから!そんな泣かないの!!」

みたいなツッコミを入れられてましたわ。

生まれて数分でツッコミされてた娘。
この先、ずっとボケ担当になるのか…?




所、もとい、人変わって、母親になった私は、というと。


目の前にあった青いカーテンを下げてもらって、
初めて娘を見たその瞬間。


だだだだーーーーーーーーーーーーー
と、目からジャンジャン涙が出てきて止まらない。



今まで、散々「腹減った」だの「喉乾いた」だの「寒い」など、
己れの本能丸出しだったくせに、
娘を見たら、もうそんなのどうでも良くなりました。


やっと会えて嬉しいのか、
無事に元気な子が出て来て安心したのか。


原因はよく分からないけど、とにかく感動して涙が止まらず。

「感極まる」ってこの状態なんだな、と身に染みて感じました。



ジャンジャン溢れる涙を、どうにかして映像に残そうと頑張っていた旦那くん。

あいにく私の黒ブチ眼鏡が邪魔になってよく分からない仕上がりに。

その時は、そんな恥ずかしいもの撮られなくて良かった~♪と思ったけど、
今思うと、やっぱりちゃんと記録に残せておけば良かったな、なんて。

まあ、旦那くんと私の記憶には残っているからいいか。
こんな、記録だとか記憶だとか言ってると…まるで新庄


いったん、手術室の端にある、赤ちゃんを綺麗にする場所に娘は連れていかれ、
体を綺麗に拭いてもらい、ブランケットに包まれ、
頭には簡易な帽子を被せてもらいました。


そして、改めて、旦那くんと私の所に来た娘。

顔は水脹れで、手はシワシワで、
生まれたてなのに吹き出物が2つあって。

でも、親バカとはこのこと。
こんなに可愛い生き物を見たことはない!と思ってしまいました。


私の冷たい手で触ると冷えちゃうといけないから、
と思って、その時は、恐る恐る彼女の指をなでた私。


本当に、会えて良かった。



:::::::::::::::::::::::::::::::::::::


今回も、読んでくれてありがとう♪

次回は、手術後半や術後の様子をお伝えします。


☆いつも応援ありがとう☆







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2008.11.12 Wed l アメリカで出産 l COM(4) TB(0) l top ▲
「アメリカで出産」シリーズ、第6回目です。


第1回「初めての妊娠は、前置胎盤」こちら
第2回「前置胎盤、イコール絶対安静?」こちら
第3回「前置胎盤、3タイプ」こちら       
第4回「明後日は帝王切開」こちら
第5回「帝王切開直前レポート」こちら

へどうぞ。


:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


某街、11月○日の秋晴れの朝。


点滴、輸血用の管、先生達の挨拶&説明、書類のサイン、などを済ませていると、
手術の予定時間が刻々と近づいて来ていました。


その時の心情は、前回にも書いた通り。

空きっ腹とカラカラな喉に耐えかねた私は、
もう早くやっちまいましょう!!とやる気満々。
動機が不純ですが…


それでも、看護婦さんに

「じゃあ、そろそろ手術室に移動しましょうか」

と言われたときは、やっぱり心臓バクバクもの。


てっきり、車椅子に乗って連れていかれるんだと思ってたのに、
自分で点滴を押しながら歩いて行ったので、拍子抜け。


「テレビやネットの情報では、帝王切開の人は入院~退院まで
手厚く車椅子でもてなされるはずなのに!
うちの病院はスパルタ!?」




そんなことを思いつつも、
まあ歩けない訳じゃないんだし、と
ノコノコと点滴&旦那くんと手術室へ移動しました。




私がお世話になった病院の手術室は2つ。
基本的に、一つは予定帝王切開用、もう一つは緊急用らしい。

2つの手術室の手前に準備室のようなエリアがあるんだけど、
そこは術後のリカバリールームとしても使われるんだと。

その準備室に到着すると、

「じゃあ、旦那さんはここで待っててね」

と看護婦さん。


「あれ、旦那くんも初めから手術室に来れるんじゃなかったの?」

※これも、事前に見た出産ビデオやネットの情報からそう思ってました

と問いかける間もなく、
私と点滴だけ看護婦さんに誘導されて手術室へ。


旦那くんはビデオカメラ片手に、ぽつーんと準備室に座っておりました。



ここら辺から、私の心臓もバックバク。

だって、怖れていた「脊椎麻酔」たるものがすぐそこに待ち受けているから。

「腰にブスっと刺されるときは、旦那くんに寄りかかっているから大丈夫なはず!」

と思い描いていたシナリオは音を立てて崩れ去り、
大きな手術室にポツンと一人ぼっちになったような気がしました。


まあ、仕方ない。

来るものは拒まず、もとい、時の流れに身を任せ~♪
の精神でどうにかしましょう。

幸運なことに、麻酔担当医は気さくな人で、
私の心身の状態に細心の注意を払ってくれるプロ。

これなら大船に乗ったつもりで行けるはず!


しかし、そんなプロでも脊椎麻酔の不快感は取り除ける訳でもなく。

「じゃあ、そろそろ脊椎麻酔するね。最初、ハチにさされたみたいに
ちくーっとするけど、なるべく動かないようにね」


と言われ、ドキドキしつつ背中を向けると、確かにチックーンとハチが。

「あれ、思った程でもないかも??いけるいける!」

と喜んだのも束の間。

その後、背骨の中をコショコショされるような変な感覚に襲われ、
思わず腰を引いちゃいました。

「初めのチックーンよりもこっちの方が気持ち悪いかも…」

とボエーっと思っていたら、
左足に液体が入ってきている様なミョ~な不快感。

と同時に、噂に聞いていた腰から下がズーーーンと重くなる感覚。



うーん、これは確かにあんまり気持ちの良いものじゃない。



次第になくなる下半身の感覚。

トイレに行かなくていいように付けられるカテーテルも、
気付かないうちに装着されてました。


そして、心理的なものなのか、麻酔によるものなのか、
体温がどんどん下がってきて、体がブルブルと震え始め…。

それを察知したのか、看護婦さん達が大量の暖かいブランケットを
私の上半身に巻きつけてくれました。

それでも寒く、手は氷のよう。


「これって心理的なもの!?はずかしーーー!」

と、穴があったら入りたい状態でしたが、
体にあらゆる管が付けられてるから、到底ムリムリ。笑


そんなこんなで、色んな思いが脳内をグルグル回っているころに、
やっと入室許可された旦那くんがやってきました。


私の手の冷たさにビビリつつも、そそくさとビデオカメラをセッティングする
機械オタクの旦那くん。

ビデオも邪魔にならないとこに設置したし、
これで準備万端!という頃、
手術を担当してくれる先生が遂にやってきました。

「さぁ、赤ちゃん出すわよ~!準備はいい??」

「い、イエスマム!(yes, mom)」


と、あらん限りの力を振り絞って
「私、大丈夫なの、ビビってないの」オーラを醸し出そうとする私…。


寒さと震えと不安でブルブルしている私は、
もちろん腹ペコとか言っている余裕はすでになく、
一刻も早く人生の山場を乗り越えたい気持ちでいっぱいいっぱいなのでした。




例によって、また長文になっちゃいました。
ここまで読んでくれて本当にありがとう!

次回、やっとこさ主人公のどんちゃんが登場です♪





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2008.10.25 Sat l アメリカで出産 l COM(2) TB(0) l top ▲
「アメリカで出産」シリーズ、第5回目です。



第1回「初めての妊娠は、前置胎盤」こちら
第2回「前置胎盤、イコール絶対安静?」こちら
第3回「前置胎盤、3タイプ」こちら       
第4回「明後日は帝王切開」こちら

へどうぞ。


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ついに来ました、帝王切開当日




早かったような、あっという間だったような。





いわゆる「授かり婚」で、テンヤワンヤだった妊娠発覚当初。
お互いの両親には多大の迷惑をかけたけど、結局、とても喜んでもらえた。


人並みにつわりに苦しんだ妊娠初期。
食べづわりだったので、ひたすらクラッカーを食べて吐き気を撃退する日々。
素麺やフライドポテトが無償に食べたかった。


安定期に入った妊娠6ヶ月の頃。
旦那くんと、いざ日本へ。
行きの飛行機の中で、初めての胎動
最初、ただお腹がギュルルと鳴ったのかと思ったよ。汗


エコーを撮りに病院へ行くのがお決まりとなってきた妊娠中期。
なかなか治らず、結局治らず、
前置胎盤決定~。


出血を恐れ、超インドア人間となった妊娠後期。
集中力も落ちてたから、車の運転さえしたくなかったなぁ。
予想だにしてなかった後期づわりに苦しむし、
どんちゃんがお腹の中でしゃっくりしまくって寝れないし…
この頃が一番辛かったかも。




と、今までの思い出が走馬灯のように頭の中をグルグル回っていました。





っていうのは嘘で。なんじゃそりゃ


本当のところは、

「ぎゃーーーーーーー、点滴だよ!!腹切られるよ!!!」

っていう恐怖心でいっぱいいっぱいでした。

こんなんで、数時間後に母親になれるのだろうか…。







さて、帝王切開の予定時刻は昼の12時。

病院から、2時間前の10時には病院でチェックインしてね♪
と言われていたので、
旦那くんと母と、3人でいざ出陣。


家から病院までは車で5分足らず。

心の準備が出来る前に着いちゃいました。



10AM,ナースステーションでチェックイン。

腕に色々なバンド(名前などが書かれている)を付けてもらってたら、
担当の産婦人科の先生が、
「お、もうすぐ赤ちゃんに会えるね~。準備はいい??」
と、陽気で自信に満ちあふれた声で話しかけて来ました。

私は、ビビリまくって、「うーん。そう願っとります…」と、とにかく陰気。笑




その後、個室に移動。

「これもいるかも、あれもいるかも」
と何でも詰めまくって大荷物になった鞄たちを部屋の隅に置いて、
私は病院着に着替えました。


病院着(名前が分からないので勝手に命名)って、
知らなかったけど、お尻見えちゃうんですね!

この時は、旦那くんと母だけだから良かったけど、
出産後に旦那くん側の一族が病室に居たときは、
人様に我が尻をさらけ出さないよう、結構気を遣いました。笑



今日担当のナースさんがやって来て
※毎日、担当のナースさんは変わってました
私のお腹にベルトやら紐やら、色んなものを装着。


緊張感を解すため、何の装置なのか尋ねたり。

波の上下で、いつ胎児が起きてたり寝てたりするのかも分かるんだって。へ~




そ、そ、そしてついに・・・・!

来ちゃったよーー。点滴が!!


手の甲の点滴経験者である旦那くんが、
「あれは痛かったよ~」
って言っていたので、もう私はビクビクもの。


だからって、もういい年だから泣きっ面を見せる訳にも行かず、
出来るだけ恐怖心を悟られないように普通にしてました。
でも、端から見たら顔ひきつってただろうなぁ…






こんなに恐れていた点滴。

結論から言うと、
「な~んだぁ!これならいける!」
でした。

私がしたのは、長時間付けているもの=針じゃなくて管を体内に通しておくもの
だったので、最初にチクっとしたあとは、ただ管が手にぶら下がってる状態。

旦那くんがしたのは、短時間用の点滴だったので、
針を体内に通しておくものだったみたい。
そりゃ痛いわ。



でも、点滴ってあんまり気持ちの良いものじゃないんですね。

液体が体内に入れば入るほど、体温がどんどん下がっていく感じがして
何だか気持ち悪かった~。


因みに、私は前置胎盤=高リスク帝王切開だったので、
万が一、輸血が必要となったときのために
輸血用の管も腕に付けられてました。

そういう説明を聞いてると、改めて
「ほーー、私の命も危うかったりするのかな?」
とか思ったけど、
それまで平和に生きてきた自分にはあまりに非現実的で、
かなり冷静に対応。

点滴なんかより、こっちの方がビビるべき点でしょう、と
今更ながら自分自身にツッコミを入れてしまいます。



その後、担当の先生や手術のアシスタントの方が挨拶に来てくださったり、
いろんな書類にサインさせられたり。

脊椎麻酔の先生が説明に来たり、また書類にサインしたり。


手術までの2時間は、あっという間に過ぎ去るのでした。




そうそう、前回の記事「明後日は帝王切開(こちら)
にも書いたのですが、

手術の前日からは食事制限がありました。


前日の夜8時以降は食べ物一切厳禁
深夜0時以降は飲み物も一切厳禁


点滴よりも脊椎麻酔よりも、これが一番辛かったかも。

口の中はずっと乾いてるし、お腹はゴロゴロと空腹を訴えるし。


手術の予定時間が迫れば迫るほど、

「あーーーーー、お腹減った!のど乾いた!!早く手術しちゃって下さい~」

という思いで頭がイッパイになるのでした。





脊椎麻酔、帝王切開、そして娘どんちゃんとの対面は次回に続きます。

長い記事になってしまいました。読んでくれてありがとう!


☆応援ありがとうございます☆





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2008.10.15 Wed l アメリカで出産 l COM(3) TB(0) l top ▲
「アメリカで出産」シリーズの続きです。

第1回「初めての妊娠は、前置胎盤」こちら
第2回「前置胎盤、イコール絶対安静?」こちら
第3回「前置胎盤、3タイプ」こちら       へどうぞ。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

帝王切開予定日の前々日。


事前の血液検査・尿検査をしてもらうため、病院へ。

その頃、ヘルプで渡米してきてくれていた母も、

「運転中にもしものことがあるといけないから」

と、一緒に来てくれました。
その頃住んでた家から病院まではかなり近かったんだけど、
妊婦の頃は心配性だったので助かった~




検査は無事にすみ、前日と当日の注意事項や、ボディーソープを貰って終了。

その後は、親子二人で近くのスタバでお茶をして、

「あぁ~、きっとこれが、どんちゃん無しで外で過ごす最後の日なんだねぇ」

と、しみじみとしちゃったり。


お腹は以前と比べてずいぶん大きくなってはいたけれど、
周りのアメリカ人妊婦さんに比べ、まだまだ小さい方。

どんちゃんも元気にお腹で暴れまくっていたので、
あと2日で会えるなんて信じられませんでした。


実際のところ、

「あぁ、やっと会えるんだね!!」

なんて感動に浸る余裕はなく、
考えるのは

点滴・注射・脊椎麻酔・お腹切られちゃう

ってことばかり。

点滴なんて経験したことないし、
注射や血は大の苦手だし、
脊椎麻酔なんて想像の域を超えてるし、
お腹切られるのなんて他人事だったし。



「このままビクビクと当日まで過ごすのかな…」
と思っていた私。

しかし、その頃、初孫・初曾孫の誕生に備えて
旦那くん側の家族がフロリダに大集合。

みんなで外食したりBBQしたり喋ったり写真撮ったり。

手術を恐れる暇もありませんでした。
その上、出産直前なのに家の購入も考えてたのでモーーー多忙で!
今考えるとあり得ない!!!



ところで、その日に病院から貰った注意書き。
主にこんなことが書いてありました↓

・前日と当日は、当病院が配布したボディーシャンプーを
 使うこと
・当日は、デオドラント・お化粧・ヘアークリーム・
 ボディークリームなどは一切身につけないこと
・前日の夜8時以降は何も食べないこと
 深夜0時以降は、水分も厳禁


最初の二つはいいけれど、最後の飲食制限は「えぇぇぇーーー」でした。

妊婦だからすぐお腹が空いていたし、
飲み物を制限したことなんて今まで一度もないし。

一抹の不安を覚えつつも、
妊婦最後の2日は予想以上の早さで過ぎ去っていくのでした。


つづく


☆応援ありがとうございます☆




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2008.10.10 Fri l アメリカで出産 l COM(0) TB(0) l top ▲
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